映画と写真

映画と写真には世界を変え、芸術を創造するような比喩的な力がありますが、それだけには留まりません。遠く離れた文化に親しみ、よりよく理解するための不可欠な教育ツールでもあるのです。

(映画「杉原千畝」プレミア上映、カウナスの映画館「Romuva」、2015年 写真:VDU Azijos studijų centras)

映画

ソ連により占領されていた時期にも、リトアニアは黒澤明や小津安二郎などを始めとする監督による、日本の古典映画に触れる機会がありました。これらの映画を観ることで、観客は普段とは異なる社会について知り、国の歴史や文化を学ぶ機会を得ました。現在は何も制限なく、日本の映画に触れることができ、リトアニアでは毎年有名な監督による映画を鑑賞するお祭りを開催しています。日本のアニメや漫画はリトアニアでも特に知られており、若者文化に大きな影響を与えています。リトアニア生まれの映画監督は自身の作品について日本で紹介を行いました。映画の専門家はヨーナス・メカス、アウドリウス・ストニス、アルーナス・マテリスなどの名前をよく知っています。

(「ドライブ・マイ・カー」のポスター 写真:Lokys, liūtas ir šakelė)

(「EU Film Days」の小冊子、2019年 写真:EU Film Days archive

日本で最も知られているリトアニアの映画監督は間違いなくヨーナス・メカスであると言えます。彼の作品は数回にわたって上映されたほか、彼の性格面に焦点を置いた出版物も発行されました。ところで、日本で初めてリトアニアの映画が紹介されたのは1997年、サルーナス・バルタスがドキュメンタリー映画祭に作品を紹介した際でした。2005年、早稲田大学でリトアニア映画祭が開催されました。

リトアニアが欧州連合に加盟した後、リトアニア映画は毎年恒例のEU映画デーで上映されるようになりました。国立映画アーカイブ、駐日欧州連合代表部、駐日EU加盟国の大使館や文化機関が主催しています。

1997年以来、リトアニアで日本映画を紹介する最も重要なイベントは、日本大使館主催の毎年恒例のお祭りで、日本映画の名作と現代の映画監督による作品を上映しています。観客はこのお祭りを通し、篠田正浩、山田靖智、小津安二郎、黒澤明などの映画監督の作品に触れました。

(日本映画祭のポスター、2021年 写真:在リトアニア日本国大使館)

杉原千畝と彼にまつわる歴史は日本とリトアニア両国において人気のある題材であり、ドキュメンタリーや映画を通し、複数回にわたって描かれてきました。おそらく日本でこのトピックに関する最も有名な作品は、2015年、日本の著名な俳優である唐沢と小雪が主演した映画「杉原千畝」(チェリン・グラック監督)でしょう。この作品のワールドプレミアはカウナスの歴史的な映画館「Romuva」で行われ、リトアニア、日本、またその他の国々で上映されました。

「カウナス、スギハラを、日本を想う」(オーレリウス・ジーカス、クリスティヨナス・ヤクブソナス、リナス・ディドバリスにより作成)は、杉原に関する最初のリトアニア映画です。2021年、同じチームが杉原千畝の物語に捧げる2本の映画、すなわち「スギハラ。世界を結ぶ歴史」と「命のビザ。勇気のバトン」である。

(「カウナス、スギハラを、日本を想う」のポスター、2018年 写真:VDU Azijos studijų centras)

漫画とアニメ

日本のアニメは、リトアニア人にとって子どもの頃から親しまれてきました。ソ連の時代でさえ、子どもたちは宮崎駿が共同で製作したアニメーション映画「長靴をはいた猫」や日本とソ連のアニメーターが共同で制作した「小さなペンンロロの冒険」を好んで見ていました。「キャンディ・キャンデ」と「鉄腕アトム」は独立後のリトアニアのテレビで最初に放映された外国の漫画の 1 つでした。

「ジョゼと虎と魚たち」のポスター、2020年 写真:@vlgfilmai)

それから、リトアニアでの日本のアニメへの関心はだんだんと高まり、日本では漫画やアニメの文化に年齢制限はありませんが、リトアニアでは特に若者によって大きく支持されました。これは主に、「NOWJapan」、「Anime Nights」、「Comic-Con Baltics」、およびその他の年次フェスティバルを通じて楽しまれました。

(E-AsiaTVによる「Anime Nights」のレポート、2015年)

写真

19世紀の終わり、リトアニア人にとって写真は日本を知る1つの手段でした。日本を1番初めに訪れたとされるベネディクタス・ティシュケヴィチュスとブロニスワフ・ピウスツキは日本の風景を写真に残し、リトアニアへ持ち帰りました。ただ、写真の交換が実質的に始まったのは、1990年のリトアニアの独立後でした。

リトアニアでは多くの日本人写真家の展覧会が開催され、日本の文化と写真芸術が紹介されました。2011年にビリニュスで開催された In Focus フォトアートフェスティバルに出品された日本の現代写真は、最初の写真交換の1つとされています。小澤俊樹(2006年–2011年)、濱田英明(2012年)、(2017年)、はらたかひろ(2019年)をはじめとする多くの写真家がリトアニアの写真展へ展示を行いました。

その間、日本で行われたリトアニア人写真家による最も注目されたプレゼンテーションが、2014年10月に開催された「写真の町シバタ」というフェスティバルで、リトアニアに大きな注目が集まりました。アンタナス・ステゥクス、マリウス・ヨヴァイシャス、ジルビナス・グルシンスカスをはじめとする写真家たちが日本での展示会に参加しました。

(A.ステゥクスの展示会、2002年のポスター Striped House gallery

小澤俊樹はリトアニアで初めて紹介された日本人写真家で、日本の芸術団体国画会のメンバー、東京国際写真グループ、またアルセンシエル写真クラブの会長を務めています。彼はリトアニアについて、かつて写真展示会に招待してくれたカウナスの写真家アレクサンドラス・マシヤウスカスから学びました。

2006 年、小澤俊樹はサイクル「Journey in Pastel Colors」を発表し、その後 4年ごとに展覧会を開催しました。このサイクルでは様々な「エキゾチック」な国々が紹介され、リトアニアもその中の1つに含まれました。2007年、他にもリトアニアに関する展示会が開かれ、そこでは主にマゼイキアイ地方に焦点が当たりました。

津田直は1976年生まれの写真家で、世界を旅しながら、様々な風景、場所を訪れ、多くの人々に出会ってきました。彼は2014年に初めてリトアニアを訪れた際、その文化に大きな関心を持ち、中でも古代信仰、民間療法、聖石、樹木、またその他特別な場所へ興味を持ちました。彼は2018年、アウクスタードヴァリス地域の写真を展示した個人展覧会を開催し、詩と写真の芸術本「エリナスの森」を出版しました。

(「エリナスの森」より 写真:津田直)

パウリウス・ノーマンタスは日本に関心を持った、リトアニアで最初の写真家の1人です。彼はチベット地方好きとして知られていましたが、日本にもまた関心を寄せていました。詩を俳句形式で書いたり、1996年には「南千島列島・北方領土」という展示会を開催しました。そこでは千島列島の美しさだけでなく、かつてその島に住んでいた日本人のドラマも描かれました。砂に落ちた九谷焼のかけらが、当時住んでいた人々や文化を偲ばせました。

2008年、アルトゥーラス・ヴァリャウガは、EU-Japan Fest が支援するプロジェクト「European Eyes on Japan」に招待されました。このプロジェクトでは、ヨーロッパからの参加者が、日本の様々な都道府県を撮影するために招待されました。アルトゥーラスは新潟県の生活について写真を撮っていた際、食べ物に焦点を当てました。彼の展示「日替わり和食メニュー」は2009年7月に第1回が行われ、その博覧会が2014年に日本で、また2016年にはリトアニアで開催されました。

(展示会のポスター)

書誌情報

Tue ‒ Thu: 09am ‒ 07pm
Fri ‒ Mon: 09am ‒ 05pm

Adults: $25
Children & Students free

673 12 Constitution Lane Massillon
781-562-9355, 781-727-6090