科学者、旅人、書籍

1980年以降のリトアニアにおける日本に関する知識

(ヴィータウタス・マグヌス大学大学図書館のアジア関連書籍コーナー J. Petronis)

20世紀にはステポナス・カイリースやマタス・シャルチュスといった執筆家たちが日本に関する論文を発表していましたが、1940年のソ連占領によりリトアニアにおける日本学は中断されることとなりました。リトアニア・ソビエト社会主義共和国(LSSR)時代には、日本関連の研究は許されていませんでした。そのため、この時代全体で、リトアニアにおける日本関連の情報は、新聞や翻訳文学(主にロシア人作家によるもの)でしか入手することはできなかったのです。

しかし、1990年の独立直前から、日本への関心と憧れの大きな波が押し寄せます。この波は、リトアニア人研究者たちに存在感を与え、日本に関する専門的知識を発展・普及させていきました。その中の一人がロムアルダス・ネイマンタスでした。彼は様々な国や文化に興味を持っていましたが、日本は彼の人生において特別な位置を占めていました。

1990年以降、日本研究が体系的に発展する条件が整い、30年の間にリトアニアの日本研究センターは、ヴィリニュスのアジア多元文化研究所とカウナスのアジア研究センターという二つの主要な研究機関を形成するに至りました。これらの機関は、研究、蔵書の蓄積、図書館の拡充、そして若い世代の日本研究者の育成を行っています。

ロムアルダス・ネイマンタス

ロムアルダス・ネイマンタス、著名な文化史家であり東洋学者、そしてアジア・アフリカ・オセアニア諸国に積極的な関心を持っている人物です。世界中の研究者との幅広い交流により、30冊以上の著書を出版しています。また、リトアニアとアジアの文化的関係や交流に関するリトアニア唯一の書誌的ファイルを生涯にわたって作成し続けました。

彼の関心が注がれるアジアとオセアニアの文化の中でも、日本は彼の心の中の特別な場所を占める存在であり、その文化について彼は5冊もの本を費やしました。日本への旅を夢見ていた彼は、ソ連時代に日本へ行くことができた数少ないリトアニア人の一人となりました。ネイマンタスの著書や論文には、21世紀の人々が目にした日本がそのまま描かれているわけではありませんでした。この書き手の目に映った日本は、優しいロマンと憧憬、そして発見への情熱に満ちていたのです。

(ロムアルダス・ネイマンタス所蔵)

(日付をクリックすると詳細が表示されます)

  1. 1939年生まれ
  2. 1959年、オリエンタリズムの書誌集を編纂開始。

    ネイマンタスはリトアニアの新聞を毎日確認し、アジア諸国に関する記事をすべて手書きで記録しました。この書誌ファイルは2011年からヴィータウタス・マグヌス大学図書館内のアジア関連書籍コーナーに所蔵されています。

  3. 1975年、ヴィリニュス大学歴史・言語学部卒業。

    ジャーナリストとしての専門性を身につけ、ネイマンタスは編集部に勤めました。

    (ヴィリニュス大学言語学部所蔵)

  4. 1979年、初来日
  5. 1984年、著書『Gyvenimas ant ugnikalnio(火山での暮らし)』(未邦訳)を出版
  6. 1990年、モスクワ大学東洋言語研究所で博士論文を提出

    (A.Savin)

  7. 1992年、著書『Nuo Nemuno iki Fudzijamos(ネムナスからフジヤマへ)』(未邦訳)出版

    この本はリトアニアと日本の文化関係史を初めて包括的に研究したものでした。

  8. 1994年、著書『Pasaulis puodelyje arbatos(一杯のお茶の中の世界)』(未邦訳)出版

    この本の中で、日本旅行中に著者が感じた印象を集め、それを豊かな個人的考察と、美術、茶道、日本の歴史、工芸、演劇の伝統などに関する深い知識をもって描いています。

  9. 2000年、創作活動に専念

    科学的研究の主なテーマはリトアニアと東方諸国との文化的関係及び交流について。このテーマに関する学術的な書籍と一般向けの書籍が出版されました。

  10. 2003年、著書『Nuo Nemuno iki Fudzijamos. Susitikimai su Japonija(ネムナスからフジヤマへ 日本との出会い)』(未邦訳)出版
  11. 2005年、著書『Gamtos dvasia(自然の精神)』(未邦訳)出版

    ネイマンタスはこの本の中で読者に、リトアニアと日本が持つエコロジカルな世界観が近いということを紹介しています。

  12. 2009年、逝去

    カウナスのロマイニャイ墓地に埋葬

1990年以降の学術研究

独立後の最初の数十年間で、日本研究を制度化し、体系的に発展させていくための前提条件が整っていきました。当初は、日本研究を発展させることができる現地の専門家が圧倒的に不足していました。そのため、日本の科学者がリトアニアに来て教鞭をとることが大きな助けとなりました。例えば、ヴィリニュス大学で最初に日本研究を始めたのは合田友野、そしてヴィータウタス・マグヌス大学の客員教授であった小島亮の二人でした。独立直後、幾人かの著名人が留学を終えてリトアニアに帰国し、日本語と日本文化について包括的な知識を身につけていきました。

ヴィリニュス大学ではダリア・シュヴァンバリーテとガビヤ・チェプリョニーテが、クライペダ大学ではヴィータウタス・ドゥムチュスが、そしてヴィータウタス・マグヌス大学ではアルヴィーダス・アリシャウスカスが日本研究を開始しました。他のアジア諸国の研究者たちも、これらの学者たちと手を結び、その結果、研究機関も発展し始めました。1993年にヴィリニュス大学東洋学センター(2018年以降はアジア多元文化研究所)、1996年にクライペダ大学東洋学センター、2001年にヴィータウタス・マグヌス大学日本研究センター(2009年以降はアジア研究センター)が設立されました。

リトアニアにおける日本研究は、いくつかの方向に分かれて発展していきました。その一つが実用性を重視した、言語学です。2002年にはD・シュヴァンバリーテが初の日本語リトアニア語文字辞典を編纂し、2015年にはA.・ジーカスが初の日本語リトアニア語総合辞典を出版しました。2016年にはL・ディドヴァリスが電子版の日本語教科書を編纂・出版し、2017年にはV・デヴェナイテの紙の教科書がそれに続きました。これらのリソースにより、さらに多くのリトアニア人が日本語に直接触れ、学ぶことができるようになりました。

2011年、D・シュヴァンバリーテは著書『Intertekstualumas klasikinėje Japonų literatūroje(日本の古典文学におけるテクスト間相互関連性)』(未邦訳)や総合的な歴史書 として『Japonijos istorija(日本の歴史)』(未邦訳)を2016年に発表しました。これらの出版によって、著者であるシュヴァンバリーテは日本の歴史、伝統文化、文学の研究における最も重要な研究者の一人と認識されるようになりました。また、哲学・美学の研究者であるA・アンドリヤウスカスは、2001年に日本の美学に関するモノグラフを出版しました。同年、アルーナス・ゲルーナスは論文「The Emergence of the New Paradigm of Order in Nishida and Merleau-Ponty Philosophy(西田哲学とメルロ=ポンティ哲学における秩序の新しいパラダイムの出現)」を発表した。

A・ジーカスは、現代日本の社会問題や政治問題について執筆し、戦後の日本社会の変化と政治に関する調査を行っており、とりわけ日本の広報文化外交に高い関心を寄せています。リナス・ディドヴァリスは、日本の環境政策、国際関係、市民運動に着目し研究を行っています。また、若い世代の研究者も日本研究に加わっています。アルヴィーダス・クンピスは、日本における極右の発展と形態について2020年に学位論文を提出し、K・バランツォヴァイテ・スキンダラヴィチエネは日本社会におけるセクシュアリティ問題に関する研究を行うなど、若手研究者たちの活動にも注目が集まっています。

大衆文学

研究は専門的アプローチを用いて日本を映し出そうとする一方、一般大衆が大きく影響を受けるのは大衆文学、とくに旅行本やその国に対する書き手の主観的な態度が伺える旅行記などです。そこで、日本に関するリトアニア人作家たちの主な著書に触れることをお勧めします。

1960年、黄海の彼方

黄海の彼方(1960年)

 

リトアニア人作家が日本について書いた本としては、ステポナス・カイリースやマタス・シャルチュスの以降、おそらく初めてのものです。写真家兼ジャーナリストとして日本を訪れたミコラス・リュベツキスは、当時の日本人の日常生活、政治、経済について書き記しています。また、宗教、伝統、芸術、神話などにも注目しています。本書は好景気になる前の、戦争で疲弊しきった日本の日常風景を明らかにしました。

1989年、東京の蝉

東京の蝉(1989年)

 

ロムアルダス・ランカウスカスはリトアニアのエッセイスト、芸術家、劇作家。1986年から1987年にかけて日本を訪れ、数週間を過ごしました。この旅は、彼の唯一の日本への旅であり、ランカウスカスに忘れがたい印象を与えました。この旅に刺激をうけたランカウスカスは『東京の蝉:ある旅の記憶』という本を書き上げ、1989年に出版しました。本の中で、彼は日本という独特で興味深い国の過去と未来について語っています。「秩序的で清潔、人々は礼儀正しく、幸せそうである。」「日本人は勤勉で、集団で働くのが好きだ」と評し、「日本は、自然を愛し、自然を汚さず、伝統を大切にする国である」とも伝えています。ランカウスカスは日本を強く理想化しており、「日本は奇跡の国であり、そこには嫉妬や嘘、欲がない」と紹介しています。

2014年、日本の色と味

日本の色と味(2014年)

 

著者が日記形式でその思い出を綴った一冊。著者自身の個人的な経験の語りをもとに、彼が日本で過ごした全く異なる二つの都市、東京と金沢での生活体験を読者に伝えています。この本は文化的・歴史的な遺産、人々とその暮らしなど日本の様々な面を紹介しています。その語り口は軽妙で、ノスタルジーとユーモアを交えつつ、日本のビジネスマナーのような文化的側面に関する重要な事柄も教えてくれます。また、日本の文化にちなんだ叙情的な小話も掲載されています。さらに、この本では日本食についても詳しく解説しています。

『日本の色と味』は、様々な時代・ジャンルを組み合わせたモザイク画のような本です。この本が日本を表現する姿勢は肯定的か否定的か、それに対する明確な答えはありません。著者自身の言葉を借りれば、彼と日本との繋がりとは「大半の人間が祖国との間に持つ複雑な繋がりの在り方で、痛々しい甘美な憎しみと愛情が混在したもの」であるとしています。

2016年、朝露の庭

朝露の庭(2016年)


ケストゥティス・プタカウスカスの日本庭園と盆栽への興味は、1996年に起きたとある出来事に触発されたものでした。パランガで休養中、偶然目にした日本庭園の写真がきっかけで日本文化に興味を持ち、写真で見たのと同じような庭を作りたいと思うようになります。それが書かれたのがこの一冊です。

2018年、日本では?

日本では?(2018年)


アンドリュス・クレイヴァはかつてリトアニアの最年少のブロガーとして有名になり、その後、テクノロジーと政治分野で記事を書いてきました。A・クレイヴァはパリの政治学研究所で学び、交換留学生として日本で暮らしました。日本という国を見つめ直し、その実体験を綴ったのが初の著書『日本では?』です。

2021年、太陽の七つの顔

太陽の七つの顔(2021年)


オウレリウス・ジーカス博士による、日出ずる国の文化・自然遺産を紹介する日本旅行記の第2弾となった一冊です。著者の日本での生活と旅の豊かな経験に基づき、読者を日本の7つの地域へと誘います。不思議な寺院、庭園、城、山中の村、壮大な都市、駅、そして......賑やかな交差点へと読者を誘いながら、日本の文化、歴史、芸術の特徴を明らかにしていきます。

書誌情報

  • Andrijauskas, Antanas. 2004. Istoriniai lietuviškosios Rytų recepcijos ir orientalizmo pokyčiai. Kultūros, filosofijos ir meno profiliai (rytai-vakarai-Lietuva). Vilnius: Kultūros, filosofijos ir meno institutas, p. 422-436.
  • Andrijauskas, Antanas. 2012. Orientalistikos atgimimas Lietuvoje (1977–1992): orientalizmo transformacijos į orientalistiką pradžia. Rytų Azijos studijos Lietuvoje (sud. Aurelijus Zykas). Kaunas: Vytauto Didžiojo Universiteto leidykla, p. 19-54.
  • Budriūnaitė, Agnė. 2012. Rytų filosofijos mokymas(is) Vakaruose. Rytų Azijos studijos Lietuvoje (sud. Aurelijus Zykas). Kaunas: Vytauto Didžiojo Universiteto leidykla, p. 67-80.
  • Devenaitė, Violeta. 2005. Ritoania ni okeru nihongaku no jijō. Fukusenkō no kanōsei. Acta Orientalia Vilnensia, vol. 6 (1). Vilnius: Vilniaus universiteto leidykla, p. 75-76.
  • Koma, Kyoko. 2012. Exoticism, or a Device Reflecting Self-Identity? The Role of Japanese Novels Translated into Lithuanian. Rytų Azijos studijos Lietuvoje (sud. Aurelijus Zykas). Kaunas: Vytauto Didžiojo Universiteto leidykla, p. 103-114.
  • Neimantas, Romualdas. 1988. Rytai ir Lietuva. Vilnius: Mintis.
  • Neimantas, Romualdas. 2003. Nuo Nemuno iki Fudzijamos. Kaunas: Spindulys.
  • Švambarytė, Dalia. 2012. Mokymo priemonių kūrimas Japonijos studijų programoms Lietuvoje: paklausa ir poreikiai. Rytų Azijos studijos Lietuvoje (sud. Aurelijus Zykas). Kaunas: Vytauto Didžiojo Universiteto leidykla, p. 116-121.
  • Švambarytė, Dalia. 2005. Japan Studies and the Disciplines. Acta Orientalia Vilnensia, vol. 6 (1). Vilnius: Vilniaus universiteto leidykla, p. 9-17.
  • Žukauskienė-Čepulionytė, Gabija. 2001. Dešimties metų Lietuvos ir Japonijos kultūros ryšių apžvalga. Mokslas ir gyvenimas, 2001 m. spalis.

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